「天麩羅 中清」という店名を聞けば、浅草の古い路地を歩く永井荷風の姿が思い浮かぶ人もいるかもしれない。荷風は生涯にわたってこの店に足を運び、その体験を作品の中に書き記した。それほどまでにこの店は、東京の文人たちにとって精神的な依り所の一つだった。
明治3年(1870年)の創業から、150年以上が経過した今もなお、天麩羅 中清は浅草に存在し続けている。浅草公会堂のほど近く、数寄屋造りの建物と手入れの行き届いた中庭を構えた店内で、芝海老と青柳の貝柱を胡麻油でからりと揚げた名物「雷神揚げ」は今日も提供され続ける。
東京の天ぷら店は数知れないが、江戸前天麩羅の伝統をこれほど厳格に守り、これほど深い歴史物語を持つ店はほとんどない。初めて訪れる人は「予算はいくらか」「どんな料理が食べられるか」を知りたいはずだ。本記事では創業の経緯・名物料理・コース内容・アクセスをすべてまとめ、中清を最大限に楽しむための情報を提供する。
明治3年創業——駿河の屋台から浅草名店への歩み

初代・中川鐡蔵の上京と開業
天麩羅 中清の歴史は、幕末から明治への激動の時代に遡る。初代の中川鐡蔵(なかがわ てつぞう)は、遠州・駿河の出身だ。江戸後期から明治初頭にかけて、彼は上京して広小路通りに天麩羅の屋台を出した。当時の浅草は江戸以来の盛り場であり、屋台天麩羅は庶民に広く親しまれていた。
その後、明治3年(1870年)、中川鐡蔵は浅草公会堂前の現在地に店を構えた。これが天麩羅 中清の正式な創業となる。明治3年といえば、廃藩置県の前年であり、東京府が開設されてまだ間もない時代だ。江戸から東京へと街が変わっていく過程で、中清は浅草に根を下ろした。
「中清」という店名の由来
店名の「中清」には意味がある。息子の中川清五郎(二代目となる人物)の名前から、「中(川)」の「中」と「清(五郎)」の「清」を取って命名した。親が息子の名前を店名に刻んだという、家族の絆を感じさせる由来だ。
以来、店名は変わることなく今日に至る。多くの老舗がブランド名を変えていく中で、「中清」という二文字は浅草の天麩羅の象徴として守り続けられてきた。
150年を超える浅草の歴史と重なる歩み
明治から大正、昭和、平成、令和と時代が変わる中で、浅草は数々の試練を経験した。関東大震災(1923年)、東京大空襲(1945年)、高度経済成長期の再開発——それぞれの時代に浅草の風景は大きく変化したが、中清は同じ場所で天麩羅を揚げ続けてきた。
2026年現在も、東京都台東区浅草1-39-13に店を構え、その建物は数寄屋造りの離れ座敷と中庭(池あり)という格式ある佇まいを保っている。浅草の寺社や商店街と共に、文化財的な価値を持つ老舗として地域に根付いている。
「雷神揚げ」とは——一子相伝で受け継がれる名物かき揚げ

芝海老と青柳の貝柱を胡麻油で揚げる
天麩羅 中清の名物は、何といっても「雷神揚げ」だ。新鮮な芝海老(しばえび)と青柳(あおやぎ)の貝柱を贅沢にふんだんに使い、胡麻油でからりと揚げたかき揚げである。
芝海老は東京湾で古くから漁獲されてきた小型の海老で、江戸前天麩羅には欠かせない食材だ。青柳はバカ貝とも呼ばれ、寿司ネタや天麩羅の食材として江戸前料理に古くから用いられてきた。この二つを合わせたかき揚げは、プリプリとした食感と磯の旨みが一口ごとに広がる逸品だ。
外はサクッと、中はふわふわとした食感は、中清独自の揚げ方によるものだ。
一子相伝で守られる揚げの秘法
「雷神揚げ」の揚げ方は、代々の主人の家系の者のみに一子相伝で受け継がれてきたとされる。具体的な技法は明かされていないが、胡麻油の配合、衣の水加減、油の温度管理、揚げ時間——これらが長い年月をかけて研ぎ澄まされてきたことは間違いない。
この「一子相伝」という言葉は、日本の伝統技術の継承方法を象徴する表現だ。弟子や外部に伝えることなく、家族の内側だけで守られてきた技法が今も生きている。それが中清の天麩羅を、他の店では決して味わえない唯一無二のものにしている。
名前「雷神揚げ」の由来を考える
「雷神」という命名は、その揚げ上がりのサクッとした音と迫力ある見た目から来ているとも言われる。揚げたてのかき揚げは勢いよく音を立て、揚げ鍋の中でほとばしる様子が雷神の力強さを連想させる——そんな解釈もある。
江戸の庶民文化の中では、雷神はしばしば浅草の象徴にも結びつく。浅草寺には雷門(かみなりもん)があり、「雷神揚げ」という名は浅草という土地との不可分な関係を示しているとも読める。
江戸前天麩羅の技法——中清が守る伝統スタイル

「一匹丸ごと」の魚を使う
現代の多くの天ぷら店では、切り身の魚を揚げることが一般的だ。しかし天麩羅 中清では、切り身ではなく、魚を一匹丸ごと使うという江戸前天麩羅の伝統を守っている。これは手間がかかる分、魚本来の旨みと食感が最大限に活かされる調理法だ。
江戸前天麩羅の大きな特徴のひとつに、「素材の全体を使い切る」という姿勢がある。海老の頭から尾、魚の全形——素材をまるごと見せる潔さこそが、江戸前の美学だ。
江戸前天麩羅についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの解説記事もご参照ください
胡麻油と厚めの衣
中清の衣は、現代のカウンター天ぷら店が好む薄衣とは異なり、厚めに仕上げられる。これは江戸前天麩羅の古典的スタイルで、衣が旨みを閉じ込め、素材を保護する役割を果たす。
揚げ油には胡麻油が使われる。胡麻油は現代では高級食材扱いされることもあるが、江戸時代の天麩羅は胡麻油を当然のように使っていた。香ばしい胡麻の風味が衣に移り、独特の香りを生む——これが「江戸前の天麩羅」の香りだ。
現代のカウンター天ぷら店の主流が太白胡麻油(白胡麻から搾った無色透明の油)を使うのに対して、中清の胡麻油スタイルは正統江戸前の流れをくむ。
車海老・鱚・穴子——江戸前の主役たち
中清の天麩羅に並ぶ食材は、江戸前天麩羅の王道だ。7月は旬のはも(鱧)と穴子(あなご)が特に冴える時期で、水温が上がるにつれて脂ののりが増す。これらを一匹丸ごと、もしくは適切な長さに整えて揚げると、身の旨みが衣に包まれ、一口ごとに夏の海の豊かさが広がる。
| 季節 | 中清でおすすめの食材 |
|---|---|
| 春(4〜5月) | 鱚(きす)、桜海老 |
| 夏(6〜8月) | 鱧(はも)、穴子(あなご)、鮎(あゆ) |
| 秋(9〜11月) | 松茸、舞茸、さつまいも |
| 冬(12〜3月) | ふぐ、白魚(しらうお) |
夏場に訪れた際は、ぜひ7月旬のはもや穴子の一品を頼んでみてほしい。江戸前の熟練の揚げ技が、夏の旬素材をさらに引き立てる。
文豪に愛された空間——永井荷風と久保田万太郎

永井荷風の「断腸亭日乗」に登場
「断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)」は、作家・永井荷風(1879〜1959年)が1917年から死の直前まで42年間書き続けた日記文学の傑作だ。その中に、しばしば中清を訪れる記述が登場する。荷風は浅草界隈を日常の生活圏として歩き回り、天麩羅を食する楽しみを繰り返し記している。
荷風が中清に通い続けたことには意味がある。彼は「食を通じて江戸の香りを辿る」という美学を持っていた。フランス文学に強い影響を受けながらも、江戸的なものへの深い愛着を持つ荷風にとって、明治創業の江戸前天麩羅店は精神的な拠り所だった。
文豪が愛した老舗を訪れるという体験は、単に食事をするだけでなく、文学史の一ページに触れる感覚をもたらす。中清の天麩羅は「荷風の食べていたもの」という文学的文脈とともに楽しむことができる、稀有な料理だ。
久保田万太郎との縁——三代目の幼馴染
もう一人、中清と深く結びついた文人がいる。劇作家・俳人として知られる久保田万太郎(1889〜1963年)だ。万太郎は浅草の老舗呉服店の息子として生まれ、浅草を故郷として愛した作家だ。
三代目主人とは幼馴染という関係にあり、中清は万太郎にとっても生涯にわたる特別な場所だった。「浅草の文化」を語るとき、久保田万太郎と中清は切り離せない存在として語られる。
数寄屋造りの空間が醸す品格
天麩羅 中清の店内は、数寄屋造り(すきや づくり)の離れ座敷と、池のある静かな中庭が特徴だ。数寄屋造りは茶室建築の様式を取り入れた和風建築で、簡素の中に凛とした品格がある。
東京のど真ん中、浅草という下町の一角に、これほど静かな空間が存在することに驚く来訪者は多い。観光客でにぎわう仲見世や雷門から数分歩けば、非日常的な静寂が広がる。この空間で食べる江戸前天麩羅は、単なる外食を超えた文化体験になる。
メニューとコース料金——江戸前体験のプランニング
コースメニュー一覧
天麩羅 中清では、おまかせのコースから単品まで複数の選択肢が用意されている。以下は代表的なコースの概要だ。
| コース名 | 料金(税込) | 主な内容 |
|---|---|---|
| 神輿コース | 13,310円 | 前菜・清汁・刺身・酢の物・玉子豆腐・天麩羅盛合せ(5品)・食事・デザート |
| 祭コース | 14,520円 | 神輿コースより内容が充実、天麩羅の品数増 |
| 単品・定食 | 3,240円〜 | 天麩羅定食・雷神揚げ定食など |
コースの食事は「小さなかき揚げ丼」「天茶(てんちゃ)」「かき揚げご飯」の3択から選べる。「天茶」は天麩羅の上に出汁をかけて食べるお茶漬けスタイルで、江戸前の〆として人気が高い。
単品・定食については3,240円〜という価格帯もあり、初めて訪れる方や昼食として気軽に楽しみたい方にも対応している。名物の雷神揚げは定食でも注文できる。
7月の旬食材を活かした一皿
季節によって、天麩羅の内容は変わる。7月(夏)であれば、以下の旬食材が揚がることが多い。
- はも(鱧):夏を代表する高級食材。骨切りした身を揚げると繊細な食感に
- 穴子(あなご):脂の乗りが夏に増す江戸前の定番
- 鮎(あゆ):川魚の宝石。ほろ苦さが夏の醍醐味
- とうもろこし・いんげん:夏野菜もあわせて揚がる
旬の食材を最大限に活かすのが江戸前天麩羅の精神だ。「今日の天麩羅に何が使われているか」を職人に問うてみると、浅草の夏が皿の上に見えてくる。
アクセスと予約方法——訪問前に知っておくこと
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 天麩羅 中清 |
| 住所 | 東京都台東区浅草1-39-13 |
| 電話 | 03-3841-4015 |
| 営業時間 | 平日11:30〜14:00 / 17:00〜21:00、土日祝11:30〜20:00 |
| 定休日 | 火曜日・水曜日(詳細は公式サイトで確認を) |
| 予約 | ネット予約対応(一休.com、ヒトサラほか) |
アクセス
東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武伊勢崎線「浅草駅」から徒歩約5分、つくばエクスプレス(TX)「浅草駅」A1-1出口から徒歩約3分が目安だ。浅草公会堂の近くに位置しており、仲見世通りからも歩いてアクセスできる。
浅草は観光地として年間を通じて多くの人が訪れる。週末や祝日は混雑するため、ランチの場合は開店時間前後に訪問するか、事前にネット予約を取ることを強くすすめる。
予約のポイント
ネット予約は「一休.comレストラン」や「ヒトサラ」で対応している。コース予約の場合、人数・時間帯・アレルギーなどを事前に申告しておくと当日がスムーズだ。特に「神輿コース」や「祭コース」は前日までの予約が必要なことが多い。
天麩羅が揚がる瞬間を最前列で体感したい場合は、カウンター席のリクエストも可能だ。座敷の場合は複数名での会食や接待向けで、落ち着いた雰囲気が楽しめる。
浅草の老舗天ぷら文化と中清の位置付け
浅草は江戸前天麩羅の発祥地のひとつとされている。江戸時代、浅草界隈では屋台形式の天麩羅が庶民のファストフードとして普及し、「天ぷらを食べながら浅草を歩く」という文化が根付いた。天麩羅 中清はその屋台文化の延長線上に誕生し、時代とともに格式を高めながら今に至る。
現在の浅草には多くの天ぷら店があるが、明治創業という歴史を持つ店は数少ない。
また、東京の老舗天ぷら店全体を見渡したい方は以下の記事も参考になる。
天麩羅 中清が持つ「150年の歴史」「文豪との縁」「雷神揚げの秘法」——この三要素は、他のどの店も代替できない固有の価値だ。
よくある質問(FAQ)
Q. 天麩羅 中清の創業はいつですか?
A. 明治3年(1870年)の創業です。初代・中川鐡蔵が広小路通りに屋台を出したのが始まりで、明治3年に浅草公会堂前の現在地に店を構えました。2026年現在、創業から155年以上が経過しています。
Q. 「雷神揚げ」とはどんな料理ですか?
A. 芝海老(しばえび)と青柳(あおやぎ)の貝柱を贅沢に使い、胡麻油でからりと揚げた名物のかき揚げです。外はサクッと、中はふわふわとした食感が特徴で、揚げ方は一子相伝とされています。
Q. 店名「中清」の由来は何ですか?
A. 二代目主人となる中川清五郎の名前から「中(川)」の「中」と「清(五郎)」の「清」を取って命名されました。親が息子の名を店名に刻んだ、家族の絆に由来します。
Q. 予算はどのくらい必要ですか?
A. 定食・単品ならば3,240円〜から楽しめます。コースは「神輿コース」が13,310円、「祭コース」が14,520円(いずれも税込)が目安です。ランチの定食は比較的リーズナブルで、江戸前天麩羅の入門として最適です。
Q. 永井荷風とどのような縁があるのですか?
A. 文豪・永井荷風は日記文学「断腸亭日乗」の中で中清を繰り返し訪れた記述を残しています。また、劇作家・俳人の久保田万太郎は三代目主人の幼馴染として親交を持ち、長年にわたり中清を愛した文人でした。
Q. 中清の天麩羅はどのような油で揚げますか?
A. 胡麻油を使用しています。現代の多くのカウンター天ぷら店が太白胡麻油(無色透明の精製油)を使うのに対して、中清は香り豊かな伝統的な胡麻油スタイルを守っています。これが江戸前天麩羅本来の香りを生みます。
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まとめ——浅草で150年の時を超える一皿を
天麩羅 中清は単なる「老舗レストラン」ではない。明治3年の創業から続く歴史、永井荷風・久保田万太郎という文豪との縁、一子相伝の「雷神揚げ」、数寄屋造りの静謐な空間——これらすべてが一体となって、ここでしか得られない食体験を構成している。
江戸前天麩羅の正統な技法を味わいたい方、東京の文化史に触れたい方、誰かとの特別な食事を演出したい方——そのどの目的にも、天麩羅 中清は応えることができる。
浅草観光のついでに立ち寄るのではなく、天麩羅 中清のために浅草へ行く。そうした訪問の仕方こそが、この老舗にふさわしいと思う。
参考情報
- 天麩羅 中清 公式ウェブサイト:https://asakusa-nakasei.com/
- 浅草観光連盟「文豪たちに愛された江戸前天麩羅 中清」:https://e-asakusa.jp/spot/377/
- ダイヤモンド・オンライン「天麩羅『中清』(明治三年創業)を訪ねて」:https://diamond.jp/articles/-/69785
- 老舗食堂データベース(shinise.tv):https://shinise.tv/nakasei-asakusa/
- 一休.comレストラン(コース・予約情報):https://restaurant.ikyu.com/112944/
- ヒトサラ(メニュー・料金情報):https://hitosara.com/0031044213/


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