最終更新: 2026-05-18
日本を代表する料理「天ぷら」の名前が、実はポルトガル語に由来するという話を聞いたことはないでしょうか。1543年にポルトガル人が種子島に漂着して以来、日本にはカステラ、パン、ボタン、カッパなど数十ものポルトガル語が外来語として定着しました。天ぷらもその一つとされていますが、具体的にどのポルトガル語が語源なのかについては、実は学術的にも定説が定まっていません。
「天ぷらという名前はどこから来たの?」「テンポーラ?テンペーロ?どちらが正しいの?」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、天ぷらの語源として有力な3つの説を文献の根拠とともに徹底比較し、「天麩羅」という漢字表記が生まれた経緯、さらにはポルトガル語由来の他の日本語との関係まで詳しく解説します。まず語源3説の内容と根拠を整理し、次に漢字表記の歴史をたどり、最後に天ぷらという言葉が日本語としてどのように定着したのかをお伝えします。
天ぷらの語源とは?代表的な3つの説を比較
天ぷらの語源には大きく分けて3つの説があります。いずれもポルトガル語との関連を指摘するものが中心ですが、日本語由来とする説も存在します。以下の比較表で、それぞれの説を整理してみましょう。
| 語源説 | 由来言語 | 原語と意味 | 主な根拠 | 学術的評価 |
|---|---|---|---|---|
| テンポーラ説 | ポルトガル語 | temporas(四季の斎日) | カトリックの断食期間に揚げ物を食べた習慣 | 最有力とされる |
| テンペーロ説 | ポルトガル語 | tempero(調理・調味料) | 料理全般を指す語から転じた | 有力な異説 |
| 天麩羅当て字説 | 日本語 | 小麦粉(麩)の薄物(羅)を天(油)で揚げる | 漢字表記が先にあった可能性 | 少数説 |
それぞれの説について、もう少し詳しく見ていきましょう。
テンポーラ(temporas)説:カトリックの斎日に由来
最も広く知られ、多くの辞書・事典で採用されているのがこの説です。
ポルトガル語の「temporas」(テンポーラ)は、カトリック教会で「四季に行われる斎日(四季の大斎)」を意味します。斎日とは、春夏秋冬それぞれの季節に設けられた祈祷と断食の期間のことで、この期間中は肉食が禁じられていました。そのため、カトリック教徒は魚や野菜に小麦粉の衣をつけて油で揚げた料理を食べていたのです。
16世紀に来日したポルトガル人宣教師や商人たちが、斎日に食べていた揚げ物を日本人が目にし、「テンポーラの日に食べる料理」がそのまま料理名として定着したとするのがこの説の骨子です。
この説を支持する根拠として、ラテン語の「tempora」(時間・期間)がポルトガル語に入り「temporas」となった語源の流れが明確であること、また宣教師フランシスコ・ザビエルが1549年に来日して以降、キリスト教の布教活動が活発だった長崎周辺で天ぷらが最初に広まった事実が挙げられます。
テンペーロ(tempero)説:「調理」を意味する語から
もう一つの有力な説が、ポルトガル語で「調理」や「調味料」を意味する「tempero」(テンペーロ)が語源とするものです。
こちらの説では、ポルトガル人が油で揚げる調理法全般を「tempero」と呼んでおり、それが日本に伝わる過程で「テンプラ」に変化したと考えます。昭和産業の天ぷら百科によれば、「料理を意味するテンペーロが転じた」という説が紹介されており、コトバンクの『日本国語大辞典』でも「tempero(調味料の意)から」とする記述が確認できます。
テンポーラ説との違いは、宗教的な背景(斎日)との結びつきが弱い点です。テンペーロ説では、斎日に限らず日常的な調理法を指す言葉が料理名になったと解釈します。
天麩羅当て字説:日本語の漢字表記が先にあった?
3つ目は、ポルトガル語ではなく日本語に由来するとする説です。
「天麩羅」という漢字表記について、「天」は油(あぶら)、「麩」は小麦粉、「羅」は薄いもの(衣)を表すとする解釈があります。この説に立てば、「てんぷら」は漢字の「天麩羅」を音読みしたものということになります。
ただし、この説には反論も多く、文献上「てんぷら」というひらがな表記のほうが漢字表記より先に登場していること、そもそも「天麩羅」の漢字表記自体が後世の当て字である可能性が高いことなどが指摘されています。現在の学術研究では、ポルトガル語由来説のほうが有力とされています。
文献に見る「天ぷら」の名前の変遷
天ぷらという言葉が文献に登場した歴史をたどると、名前がどのように変化してきたかが見えてきます。
| 年代 | 文献名 | 著者 | 表記・記述内容 |
|---|---|---|---|
| 1669年(寛文9年) | 食道記 | 奥村久正 | 「てんふらり」として初登場。小鳥、鎌倉海老、胡桃を揚げた料理 |
| 1748年(寛延元年) | 歌仙の組糸 | ー | 「てんぷら」の名称で登場 |
| 1781年頃(天明初年) | ー | 山東京伝(考案) | 「天麩羅」の漢字表記を創作したとされる |
| 1846年 | 蜘蛛の糸巻 | 山東京山 | 兄の山東京伝が「天麩羅」を命名したと記述 |
| 1865年 | 俗事百工起源 | 宮川政運 | 山東京伝の命名説を補強する記述 |
注目すべきは、文献上の初出が1669年の『食道記』であるという点です。京の医師・奥村久正が記した料理書に「てんふらり」という名前で登場し、「小鳥たたきて、かまくらえび、くるみ、葛たまり」と記されています。この時点では現代の天ぷらとはかなり異なる料理だった可能性がありますが、名称としてはこれが最古の記録です。
一方、「天麩羅」という漢字表記は江戸時代後期に登場します。江戸の戯作者で浮世絵師としても知られる山東京伝(1761〜1816年)が、この漢字を考案したとされています。京伝の弟・山東京山が1846年に刊行した『蜘蛛の糸巻』の中で、「てんぷらの名は天明初年に兄・京伝が創作した」と記しているのが根拠です。
山東京伝は「天竺浪人が大阪から駆け落ちした芸妓と”ぶらり”とやって来て、つけ揚げの商売を始めた」という洒落を込めて「天麩羅」の字を当てたと伝えられています。「麩」は小麦粉で作ったもの、「羅」は薄いものという意味があり、衣をつけて揚げる料理の特徴を漢字で表現した洒落た当て字だったのです。
「天婦羅」と「天麩羅」の違い
天ぷらの漢字表記には「天麩羅」と「天婦羅」の2種類があり、しばしば混同されます。この2つの違いを整理しておきましょう。
| 表記 | 読み | 使用場面 | 背景 |
|---|---|---|---|
| 天麩羅 | てんぷら | 古典的な表記。辞書や食文化の文脈で使用 | 山東京伝が考案したとされる表記 |
| 天婦羅 | てんぷら | 店舗の看板や現代の表記で使用 | 「麩」が常用漢字外のため「婦」で代用 |
「天麩羅」が本来の表記とされていますが、「麩」という漢字は常用漢字に含まれていないため、代わりに「婦」を使った「天婦羅」の表記が広まりました。意味としての違いはなく、いずれも「てんぷら」と読みます。現代では、格式を重んじる老舗店や食文化の研究書では「天麩羅」が、一般的な店舗看板やメニューでは「天婦羅」が使われる傾向があります。
ポルトガル語由来の日本語一覧:天ぷらだけじゃなかった
天ぷらの語源を探る上で重要なのは、「天ぷら」が孤立した借用語ではないということです。16世紀の南蛮貿易を通じて、非常に多くのポルトガル語が日本語に入り込み、現在でも日常的に使われています。
| 日本語 | ポルトガル語 | 原語の意味 | 伝来した分野 |
|---|---|---|---|
| パン | pao | パン | 食文化 |
| カステラ | (pao de) Castella | カスティーリャ(地名)のパン | 食文化 |
| コンペイトウ | confeito | 砂糖菓子 | 食文化 |
| ボタン | botao | ボタン(留め具) | 衣服 |
| カッパ(合羽) | capa | 袖なしの外套 | 衣服 |
| カルタ | carta | 手紙・カード | 遊戯 |
| タバコ | tabaco | タバコ | 嗜好品 |
| ビードロ | vidro | ガラス | 工芸 |
| シャボン | sabao | 石鹸 | 日用品 |
| ジョウロ | jarro | 水差し | 園芸 |
この一覧を見ると、食文化の分野だけでもパン、カステラ、コンペイトウと複数の借用語があり、天ぷらがポルトガル語に由来するという説は、当時の文化交流の実態とも合致しています。
特に注目すべきは、食に関する言葉が多いことです。16世紀のポルトガル人宣教師や商人たちは、布教や交易の傍ら日本人に西洋の食文化を伝えました。その際に料理名や調理法の名前がそのまま日本語に取り入れられたと考えられています。天ぷらが生まれた背景について、さらに詳しくは天ぷらの歴史と起源の記事で解説しています。
世界で「Tempura」はどう呼ばれているか
天ぷらは日本を代表する料理として世界中に広まっていますが、各国での呼び方や位置づけには興味深い違いがあります。
| 国・地域 | 呼び方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 英語圏 | Tempura | 日本語からの借用語としてそのまま使用 |
| ポルトガル | Tempura | 「日本に伝えた料理が逆輸入された」として認知 |
| ブラジル | Tempura | 日系移民を通じて広まった |
| 韓国 | 튀김(ティギム)/ 텐푸라(テンプラ) | 独自の揚げ物文化と併存 |
| 中国 | 天妇罗(ティエンフーロー) | 漢字表記をそのまま中国語読み |
英語圏では「Tempura」がそのまま通じる国際語になっており、Oxford English Dictionaryにも収録されています。元々ポルトガル語由来の言葉が日本で独自に発展し、再び世界に広まったという、言葉の壮大な旅路を感じさせます。
ポルトガルでは、日本から「逆輸入」された天ぷらが注目されています。ポルトガルの伝統料理「Peixinhos da horta」(ペイシーニョシュ・ダ・オルタ、直訳すると「菜園の小魚」)は、インゲン豆などの野菜に衣をつけて揚げた料理で、天ぷらの原型とされています。日本の天ぷらは衣の薄さや食材の多彩さにおいて独自の進化を遂げ、本家ポルトガルとはまったく異なる料理に発展しました。
天ぷらの語源に関するよくある質問
Q1: 天ぷらの語源で最も有力な説はどれですか?
多くの辞書や事典では、ポルトガル語の「temporas(テンポーラ)」が最有力とされています。カトリックの四季の斎日に肉食を断ち、代わりに魚や野菜の揚げ物を食べていた習慣に由来するという説です。ただし、「tempero(テンペーロ)」説も根強く支持されており、学術的にはまだ完全に決着していません。
Q2: 「天ぷら」という言葉は文献にいつ初めて登場しましたか?
1669年(寛文9年)刊行の『食道記』に「てんふらり」として登場したのが最古の記録です。京の医師・奥村久正が著した料理書で、小鳥や鎌倉海老を揚げた料理として記されています。
Q3: 「天麩羅」の漢字を考案したのは誰ですか?
江戸時代の戯作者・山東京伝(1761〜1816年)が天明初年(1781年頃)に考案したとされています。京伝の弟・山東京山が1846年刊行の『蜘蛛の糸巻』でそのエピソードを記録しています。
Q4: ポルトガル語由来の日本語は天ぷら以外にどんなものがありますか?
パン(pao)、カステラ(Castella)、コンペイトウ(confeito)、ボタン(botao)、カッパ(capa)、カルタ(carta)、タバコ(tabaco)などがあります。16世紀の南蛮貿易を通じて、食文化・衣服・日用品など幅広い分野のポルトガル語が日本語に定着しました。
Q5: 英語の「Tempura」は日本語由来ですか?ポルトガル語由来ですか?
英語の「Tempura」は日本語からの借用語です。元をたどればポルトガル語に由来する言葉ですが、日本で独自の料理文化として発展した後に、日本語として英語圏に広まりました。Oxford English Dictionaryにも「Japanese(日本語由来)」として収録されています。
Q6: 「天婦羅」と「天麩羅」はどちらが正しい表記ですか?
本来の表記は「天麩羅」とされています。しかし「麩」が常用漢字外であるため、代用として「婦」を使った「天婦羅」が広まりました。意味や読み方に違いはなく、どちらも正しい表記です。
Q7: ポルトガル料理の「Peixinhos da horta」と天ぷらの違いは何ですか?
ポルトガルの「Peixinhos da horta」はインゲン豆などの野菜に厚めの衣をつけて揚げたフリッター状の料理です。一方、[日本の天ぷらは薄い衣でサクサクに仕上げ](https://tempura-navi.jp/tempura/tempura-agekata-kotsu/)、海老や魚介を含む多彩な食材を使う点が大きく異なります。日本で独自に進化した結果、衣の薄さ・食材の多様性・職人技という点で本家ポルトガルとはまったく別の料理になりました。
関連記事: 天つゆ・そばつゆ・めんつゆの違いとは?味と配合比を徹底比較
まとめ:天ぷらの語源が教えてくれること
天ぷらの語源について、この記事のポイントを整理します。
- 天ぷらの語源にはポルトガル語由来のテンポーラ(temporas)説とテンペーロ(tempero)説、日本語の天麩羅当て字説の3つがある
- 学術的にはテンポーラ説が最有力だが、完全に決着はしていない
- 文献上の初出は1669年の『食道記』で、「てんふらり」として登場している
- 「天麩羅」の漢字表記は、江戸の戯作者・山東京伝が天明初年(1781年頃)に考案したとされる
- 天ぷらはパンやカステラと同じく、南蛮貿易がもたらしたポルトガル語由来の言葉の一つである
- 「Tempura」は現在、世界共通語として各国で通用している
天ぷらの語源を知ることは、日本とポルトガルの450年以上にわたる文化交流の歴史を知ることでもあります。何気なく使っている「天ぷら」という言葉の裏には、大航海時代から現代まで続く壮大な物語が隠されているのです。
天ぷらの歴史をさらに深く知りたい方は、江戸前天ぷらの特徴や天ぷら粉の成分の違いもぜひご覧ください。また、天ぷらの関東と関西の違いでは、ポルトガルから伝わった天ぷらが日本各地でどう独自に発展したかを比較しています。天ぷらにまつわる専門用語は天ぷら用語集で詳しく解説していますので、あわせてお役立てください。
参考情報
- 昭和産業株式会社「天ぷらの歴史」天ぷら百科(https://www.showa-sangyo.co.jp/knowlege/tempura/learn/)
- 江戸東京博物館「てんぷらの語源は?」レファレンス(https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/)
- コトバンク「天麩羅(テンプラ)」日本国語大辞典(https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A9%E9%BA%A9%E7%BE%85-578873)
- 徳島日本ポルトガル協会「日本語になったポルトガル語」(https://tokushima-portugal.org/)
- Wikipedia「天ぷら」(https://ja.wikipedia.org/wiki/天ぷら)
- 三省堂 ことばのコラム「京都の天麩羅」笹原宏之(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kanji_genzai212)


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